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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)765号 判決 1969年5月29日

控訴人

藤田長義

代理人

戸毛亮蔵

被控訴人

株式会社南都銀行

代理人

網野秩紀

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人…以下原告という…は、「原判決を取り消す。被控訴人…以下被告という…は、原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和三一年九月二七日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決、第二項以下に仮執行の宣言を求め、被告は、「本件訴訟を棄却する。控訴費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の主張)

1  (予備的請求原因の一)

原告が被告都介野支店の西田嘉一に本件運用預けを委任したのは、被告の悃願、勧誘があり、預金獲得のため種々甘言を弄せられたため、原告は、被告が堅実な銀行である点を信用し、凡てを同銀行に一任したのである。このため被告は、原告に交付すべき貸付金を奥中正三に渡し、自らの意思で利息の決定、取立、担保の受領を行い、原告の意思を容れる余地はなかつた。ところが、その後被告は、奥中から貸付金の回収ができず、同人から受取つた担保差入書(甲一号証)も偽造で用を達しなかつたため、原告に責任を負わすため念書(甲二号証)を偽造するなどして委任の本旨に従つて事務を処理しなかつた。被告のこの債務不履行のため、原告は、被告に寄託した七〇万円とそれに対する寄託した日である昭和三一年九月二七日よりこれが完済されるまで年六分の割合による金員の損害を被つた。即ち原告が被告に寄託した七〇万円は、一般の預金と異り、形式は定期預金であつたが、内容は運用預りで、被告は、この寄託金を運用して収めた利益の一部(大体日歩二銭六厘)を原告に支払う。運用先とその方法は、被告が決定する。寄託終了の際寄託金を原告に返還する。寄託期間は一応一年とするが更新を妨げないという契約であつた。このため被告は、原告の承諾を得ることなく、奥中正三に七〇万円を貸付け、同人と奥中光吉共同提出の額面七〇万円の約束手形一通と奥中光吉所有の茶畑二反六畝を担保に、又右両人から被告には、如何なる事態が発生しても迷惑をかけない旨の証書(甲一号証、乙三八号証)を差入れさせたのであるが、後日この甲一号証と前記約束手形中の奥中光吉作成部分が偽造で担保の用をなさず、貸金の取立困難とみるや昭和三一年一二月一〇日、原告名義の念書(甲二号証、乙三九号証)を偽造して被告都介野支店に備付け、回収不能の責任を原告に転嫁する態勢を調え、偶々原告が被告の面目を立てるため振出し交付した七〇万円の約束手形(乙二四号証)を被告が所持しているのを奇貨とし、何ら実質関係のないこの手形上の権利を行使し、これを以て原告の寄託金と相殺する意思表示をなすに至つたが、これは、委任の本旨に従い、善良なる管理者の注意を尽すべき被告の債務の不履行であるから、被告は、これに基づく損害を賠償すべき義務がある。

2  (予備的請求原因の二)

仮に、被告に右の債務不履行がないとしても、被告の被用者たる都介野支店、支店長代理の西田嘉一は、原告に対し、原告が被告に寄託(預金)した七〇万円を昭和三一年一〇月八日、原告に無断で奥中正三の口座に振替入金して原告の預金を消滅させ、更に同年一二月一〇日、同年一一月九日付の原告名義の念書(甲二号証、乙三九号証)を偽造して原告が奥中への前記振替を追認したかのごとき手段を弄する不法行為を行つたため、前記七〇万円とこれに対する預け入れ日の昭和三一年九月二七日より完済されるまで年六分の割合による預金利息を失つたので、西田嘉一の使用者たる被告にこの損害賠償を求める。尚原告の寄託金が奥中正三に転貸されたことで還付されたものとすれば、被告との間で信用失墜し貸付の余裕のない奥中正三に無断で貸付け回収不能に陥らせたことは、西田嘉一の故意、過失による不法行為である。

(被告の答弁)

原告の主張は、すべて争う。運用利益とは原告の被告に対する定期預金を担保にして被告より低利の融資をうけ、この借入金を奥中正三に定期預金担保ならざる普通貸付金の利率で貸付け、この間の利鞘を利得するという趣旨である。

原告は、被告より依頼され、又は西田の勧めにより奥中正三、奥中光吉両名を相手に貸金請求の訴を提起したといつているが、これは虚構の主張である。この訴は、原告が本訴が提起される一年半前に本訴と同じ訴訟代理人を訴訟代理人として奈良地方裁判所宇陀支部に提起したもので、その請求原因は、「原告は、奥中正三、奥中光吉らに対し、その連帯責任の下に昭和三一年一〇月九日金七〇万円を日歩二銭六厘、弁済期間同三三年一〇月八日の約で貸付けた。」となつている。

原告は、被告は被告都介野支店の面目を立てるため振出した金額七〇万円の約束手形(乙二四号証)を所持しているのを奇貨として云々と主張しているのが、原告は、この一通のみならず、外に三通の継続手形を原告の自宅或は被告の都介野支店で振出し被告に交付している。即ち原告が振出した手形は、原手形とその継続手形合せて一〇通あり、そのうちの六通は、奥中正三が被告の都介野支店に持参し、四通は昭和三二年二月頃奥中が逃亡した後に原告自らが原告方又は被告都介野支店で振出し交付したものである。被告が乙二四号証の約束手形一通のみを所持しているのは、書替毎に以前のものを奥中を通じたり、又は直接に原告に返却したからである。原告は、乙二五号証たる金額六、五〇〇円の約束手形の振出しについては言及していないが、これは乙二四号証の約束手形の割引料とそれと代つた旧手形の延滞利子支払のため原告が乙二四号証と同時に振出し交付したものである。

原告は、西田嘉一が原告の寄託金七〇万円を奥中正三の口座に無断入金して原告の預金を消滅させたと主張しているが、西田の行つた行為が外形上その職務の範囲内の行為に属すると見られる場合であつても、その実質が被用者の職務権限を逸脱して行われたものであり、取引の相手方が故意又は重大な過失でこれを知らなかつた場合は、結果においてその相手方が損害を被つたとしても、相手方は外形理論により保護されるものではない。而して、被告が銀行として所謂運用預けなるものを取扱うか否かを確めず、内容について検討を加えず、軽々しく印章を預け、多数の書類に押印させ、その書類の内容を全く知らなかつたというがごときは原告の故意又は重大な過失であるから、西田の使用者たる被告に責任はない。

理由

一本件の主たる請求原因と被告の抗弁に対する原判決による原審の事実認定(当事者間に争のない事実を含む。)と判断は、当裁判所の事実認定、判断と一致するので、その理由全部を引用する。但し次の訂正、付加を行う。

1、2<省略>

3  原判決三六頁冒頭から同頁三行目の「仮にそうだとするも」までを「次に鑑定人馬路晴男の鑑定によれば、原告名義を以て作成されている念証と題する書面(甲二号証、乙三九号証)の原告名下の印影は、原告が成立を認めている乙二号証の二の印影との相異し、かつこれは原告が真正に作成したものという証拠のない本件では、これは偽造されたものであると認めるが、これは偽造であつても」と変更する。

4<省略>

5  原判決三九頁六行目の冒頭から一〇行目終りまでを次のとおり訂正する。

「又西田の前記包括委任を受ける行為及びこれに附随してなす右原告奥中間の貸金契約の締結、旋旋等の行為は、出資の受入れ、預り金及び金利の取締等に関する法律第三条に反する違法なものではあるが、原告の委任を受けて西田が行つた原告と奥中間の貸金契約自体を無効とするものではなく、従つて、又被告の原告に対する手形貸付の形式をとつた金銭消費貸借契約を無効とするものではない。

二そこで、進んで原告の予備的請求原因について判断する。

1  (被告が運用預りという委任の本旨に従つた事務を履行せず、原告に損害を与えたという主張について。)

原告と被告都介野支店長代理西田嘉一間で結ばれた契約は、当裁判所の引用する原判決が認定、判断しているように、原告は、被告都介野支店に金七〇万円を年利六分で定期預金する、西田は、この定期預金を担保に第三者に融資し、預金担保ならざる、いわゆる信用貸の場合の金利である日歩二銭六厘乃至三銭(少くとも甲三号証にある年八分四厘七毛)の利息をあげ、これを原告に提供し、原告は、この利息収入をあげ、被告は預金と貸付利息をあげるというにあつたこと、このため原告は、西田にこれに必要な手続を委任し、西田が奥中正三より融資を依頼され、原告の前記定期預金を担保として同人に七〇万円を融資したこと、しかるに、奥中は、この七〇万円を弁済せずに出奔したため、被告は、原告が書替えを重ねて被告に渡していた約束手形金の七〇万円(これは西田が奥中に渡したものであるが、原告が被告より借入れた七〇万円である。)による債権を以て原告の定期預金七〇万円と相殺する旨の意思表示をなしたことは明らかである。右のように原告と西田が結んだ契約は、原告が西田に融資先の選定や各種の手続をなすべき権限を与えた委任契約であり、同人は、それが有償である旨のとりきめがなくても善良な管理者の注意義務を尽して委任事務を遂行する責任があつたものというべく、かつ西田が奥中に融資することに多少の危険を伴うことを認識していたことは、原審における、<証拠>により、西田が奥中より「奥中正三の父である奥中光吉名義の茶畑二反六畝を担保に提供し、被告にはいかなることがあつても聊も迷惑をかけない。」という趣旨を認めた甲一号証を徴している事実によつても認められるのに、現実にはこの茶畑を担保に提供させず、結局原告のためには何らの担保もとることなく融資を実行し、原告をして奥中より七〇万円の回収を今日に到るまで不可能にしているのである。尤も原審における奥中正三の証言(第一、二回)によれば、同人は、本件七〇万円の債務は同人の原告に対する債務であることを認めているから、原告が同人にこの債権を有している限りにおいて回収が全く不可能になつたことは認められないが、西田の行つたことは、原告の定期預金を担保に原告に手形貸付を行つた形式をとつた限りにおいて被告銀行の行員として被告の利益を守つたものといえるが、原告に対する関係においては、信頼を裏切つたものがあるといえる。しかしながら、金融機関が預金者に払える金利は臨時金利調整法第二条以不の規定等によつて規制され、かつ金融機関の職員等が自己又は自分の勤める金融機関以外の第三者の利益を図るため金銭の貸付、金銭貸借の媒介をなすことは、出資の受入、預り金及び金利等の取締等の法律第三条、第一一条によつて禁止されているところであり、被告が西田にかかる取扱いを許容していたという証拠のない本件においては、原告と西田との間のいわゆる運用預りをするための委任契約は西田の権限外の行為であつて被告には効力を及ぼさず、被告に債務不履行の責任はないといわざるを得ない。以上のごとく、原告と西田間の前記委任契約は、被告都介野支店の支店長代理としての権限外の行為であることが明らかであり、かつ普通銀行たる被告が定期預金に対し所定の金利以上の金利を支払えないものであることは、常識を以て判断できるところであるのに、敢てかかることを依頼した原告には過失があるから、右契約の効力は被告に及ばないものというべく、右契約の効力が被告に及ぶことを前提にその債務不履行の責任があるとする原告の主張は採用できない。

2  (西田嘉一の不法行為を理由とする原告の請求について)

原告は、西田が昭和三一年一〇月八日、原告に無断で原告の定期預金七〇万円を奥中正三の口座に振替入金したこと、何年一二月一〇日原告名義の念書(甲二号証、乙三九号証)を偽造して奥中への振替を追認したような手段を弄し、結局原告の定期預金を喪失させたことを以て西田の不法行為であるとし、使用者たる被告にその損害の賠償を求めているが、西田が原告の定期預金七〇万円を担保として第三者に七〇万円を融資することは、当裁判所の引用する原判決が説明しているように、原告は、所定の金利以上の金利を得るためこれを承諾し、その後も数次にわたり約束手形を書替えて奥中への融資を認めていたというべきであるから、これを無断で行つたというのは当らず、原審並に当審における証人西田嘉一の証言によれば、原告名義の念書(甲二号証、乙三九号証)を偽造したのは、西田嘉一というより奥中正三であるという公算が大きいので、この二つの理由を以て西田嘉一の行為を以て直ちに不法行為なりとみることはできない。しかして、西田は、被告の都介野支店長代理という地位にあつて、被告の銀行業務の成績をあげたいためとはいえ、原告を信頼させて、前記のごとく高利の支払と融資の媒介という法規違反行為を行い、原告をして奥中のため定期預金七〇万円とその金利の回収を困難にさせたものであるから、西田の行為は、正当な業務行為を逸脱したものであるとはいえるが、又一方原審における証人福岡教一の証言、同奥中正三、同西田嘉一の証言によれば、当時奥中正三は、居村の村会議員であつて、信用もあり同人はこれを返済するつもりで借りたのであり、西田も奥中が出奔してこの賃金の返済をしないことを予見し又は予見できたわけでないこと、同人は事前に原告の承諾を得、かつ奥中より、奥中が原告より、原告の定期預金を担保に借りてよいと承諾しているといわれたのを信じて貸したことが認められるので、奥中を融資先と選定したことを以て必ずしも西田に過失ありとなすことはできず、かつ、原告の奥中に対する債権は、今尚存在しているのであるから、これを以て西田の行為を以て原告に対する不法行為を構成するものとなすことはできず、結局西田の不法行為を理由とする被告に対する請求もこれを採用するに由ない。奥中に無担保で貸すことは、それにより高利を稼げることを原告は許容していたというべきであるから、この点でも不法行為を理由とする原告のこの請求は理由がない。

されば、原告の本訴請求を棄却した原審の判断は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。(岡野幸之助 宮本勝美 菊地博)

<参考・原審判決理由>

(奈良地方昭和三五年(ワ)第一三七号、定期預金返還請求事件、同四一年三月二二日民事部判決)

一、請求原因事実及び抗弁事実中本件定期預金契約が昭和三二年九月二七日以降一年間その他の約定同一条件で継続されたことは当事者間に争がない。

二、そこで進んで抗弁事実中中心争点である被告主張の相殺の自働債権の発生原因である被告銀行より原告に対する昭和三一年一〇月八日付本件預金担保金七〇万円利息日歩一銭九厘期限被告主張の約なる手形貸付金銭消費貸借契約の成否につき考える。

(一) 先づ証人西田嘉一(一乃至三回)、同福岡教一、同小林進(一、二回)の各証言当審証人西田嘉一の証言中被告附陳同旨の「昭和三一年九月二七日被告銀行都介野支店支店長代理西田嘉一が本件金七〇万円の定期預金勧誘に行つた際、これを担保にして金七〇万円の手形貸付を受けたい、そして今後自己振出の手形持参者に自己のために貸金を交付されたい旨申込まれこれを承諾した処、同年一〇月八日に至り訴外奥中正三が右手形貸付約定に基く原告振出手形を持参して自己口座へ振替を乞うたので前記原告との特約どおり本件定期預金を右訴外人口座へ振替えた。そして一年後に行員が奥中より封筒入りの日歩二銭六厘と一銭九厘の差額の利ざやを頼まれて原告に届けた。」旨の証言部分は後記(三)認定によれば原告奥中間に全く金銭的交渉がなかつたことが認められる点と対比すればそれ自体借入目的が明瞭でなく唐突で又右証言どおりとすれば原告の行動に合理性が乏しいこととなり、貸金交付を手形所持人に受けたい旨の特約についても現実にその申込を受けた者に関し供述が相互に合致しない等、その他の点についても同様にこの外成立に争ない乙第三一号、同第四五号証の一、二(尚後者につき内容は西田の指示によるものとの原告主張を認めるに足る証拠はなく、かえつて作成日付等弁論の全趣旨よりして証明力がみとめられる)及び証人奥中の証言と対比し、又銀行員として後記取締法規の関連で故意に回避しようとする傾向がうかがわれる等の弁論の全趣旨に照らし措信しがたい。

(二) 他面、成立に争ない乙第四五号証の一、二記載及び原告本人の尋問結果(一、二回)当審における原告本人の尋問結果中「自ら手形を一度も振出したことなく本件手形貸付を申込んだこと全くなく、乙第一号証、第二号証の一、二、同第三号証、同第一四号証は本訴までみたこともなく、まして自ら押印したものではなく、又同第三六、同第四六号証も同様であつて、前者の文書群は被告行員が原告宅を訪れて定期預金証書に捺印するため原告より印顆をあづかつたときに原告が新聞をよんでいてきずかず又火鉢をはさみ場所がはなれていてみえなかつたのを奇貨として冒捺したものに違いなく、乙第二四、二五号証を作成したのは被告行員前記西田が責任を負うことはなく只事務整理上必要な形式的なものに過ぎない旨のべ言葉巧みに慫慂したので同旨を信じて作成したもので、又奥中が本件預金直後及びその後二ケ月毎に数回訪ねて来た際にも求められるままに印をわたしたに過ぎず如何なる文書に捺印したものか全く関知しない。」旨の部分は経験則に照らし唐突不自然さを免れず<証拠>に照らし措信しがたい。

(三) <証拠>を綜合すれば次の事実が認められる。即ち

(1) 山林ブローカーをなしていた訴外奥中正三は原告の近隣に住み、原告とは特に親しい間柄ではなかつたが、被告銀行都介野支店と従来より取引があり同行支店長代理で金一〇〇万円以下の貸金については決裁権を有していた訴外西田嘉一とも親しく、同支店のために預金の勧誘をする等その営業活動にも協力し、昭和三一年九月頃には原告宅を訪れ右支店への預金勧誘をなし、預金より貸付信託の方が利率がよいとて乗り気でない原告に対し利率がよくなる方法も色々あるから今後共右西田をつれて来るからよろしく頼む旨のべたこともあつたところ、その頃奥中は原告の山林を買受け代金七〇万円を原告に支払うこととなつていたが、奥中は当時前記支店の融資を受けるわくは一杯でその見込みがなかつたけれども営業資金の借入れの必要に迫られていたので、この原告に支払う代金を借り受けることを考え、当時都介野地区では定期預金を他人の担保に貸したり、これを担保にかり出してこれを他に信用貸して利ざやをかせぐ者があることを聞知していたこともあり、西田に対し他より前記支店自己口座へ振込まれる金七〇万円を原告に支払うことになつていることを告げ、これが預金勧誘方をすすめる一方、従来特段の交際もなかつた原告に自ら借入申込をするのも躊躇される上に、近隣のこととて利率、催促等につき原告においても遠慮する虞もあるので、従来取引関係で知己である被告銀行支店長代理西田を介して原告がした預金を担保に原告に安い利率で借り受けてもらいこれを自らは表面に出ずに無担保利率で借り受け表面に出ない関係上利息は西田に支払うことにすれば被告銀行も預金高がふえ又貸金利息が入り、原告も右西田を介して奥中より入る右利率の差額分が儲かることとなり三者の利益になると考え、西田に対し右同趣旨で右が如き形態の原告との間の貸借の斡旋仲介方を依頼したところ、西田もこれに賛成して昭和三一年九月二七日夜奥中が被告都介野支店より七〇万円を引出して原告方へ支払いに赴くにつき西田を同道した。

(2) 前同夜原告宅で西田は原告に対し早速先ず預金方を請うたに対し原告は貸付信託の方が有利である旨のべて難色を示したが、西田は銀行は定期預金者には日歩一銭九厘で貸すし非預金者には日歩二銭六厘から三銭で貸すからその差額を配当するからそうなれば相当有利になるのでこの方法で預金されたい、又税金の関係については一口一〇万円以下に名義を分ければよい旨勧誘したところ、原告はその有利性に魅せられこれに応じ定期預金の手続きは翌日下僚の行員を派遣してなすこととし、西田において仮領収書を作成して奥中の支払つた金七〇万円を定期預金とするため、即日、前記支店へ持ち帰つた。奥中は一人残つて取引完了の酒肴を受けたが、終始当初の考えどおり自らは表面に出ないつもりでいるので原告に対しては何ら依頼めいた言辞はのべなかつたし、又原告と奥中間の貸付に関することは話題にのぼらなかつた。

(3) 翌日前記支店行員小林進と福岡教一は西田より原告が金七〇万円を定期預金し、これを担保に手形貸付の方法で借り受け、これを銀行を事実上介して奥中が表面に出ずに銀行が信用貸する場合の利率日歩二銭六厘で借り受けるものであることを告げられそのための手続をなすことを命ぜられ、原告方へ定期預金証書及びその印届書(乙第四号証乃至第一三号証の各一、二)、及び手形貸付に必要な手形取引約定書、同取引印届、預金担保差入証(乙第二号証の一、二同第三号証)資金融通申込書(乙第一号証)及び手形用紙を持参し、原告の指示による藤田芳夫等一〇名各七万円の証書一〇枚に分けることとし、右定期証書以外は前日の有利な利息をうるために必要な手続書類として説明の上署名捺印を求めたが原告より代署を指示されて応じ、右預金証書及び付属印届以外に捺印をえ、他は小林が代捺して帰り所要事項は帰行後、手形には額金七〇万円、二ケ月後の満期支払場所被告銀行、振出人原告と各記載した。そして右一〇通の定期預金証書は被告の原告に対する手形貸付金の担保として預る旨明記された被告銀行都介野支店名義の仮預り証(乙第四五号証の一添付)と引換えに右行員らにおいて持ち帰つた。これに対し原告は前項の如く有利な利ざや配当を受けるためには本件預金の運用を一切被告前記支店長代理西田に任せねばならず、これに対して異議をのべえないものと理解しそうしても銀行員のこととてまさか不利益な結果になることはしまいと銀行員たる西田を信用して右行員の指示に応じ、同人らの行為を異議なく容認した。

(4) 一年後の昭和三二年九月二七日頃に被告行員小林は原告を訪れ現金は持参せず甲第三号証の計算書を持参し、合計六回の六〇日満期の貸付手形の書替につき、信用貸の利率日歩二銭六厘と定期預金担保利率日歩一銭九厘との差額より各回の原告負担になる書替手形印紙代を差引くと金七〇万円に対し金一七、三一〇円となり、これに原告がうくべき定期預金利息(年六分)金四二、〇〇〇円を加えると金五九、三一〇円となり利廻り年八分四厘七毛となることを示し、有利性を強調し、従前の形態の定期預金を継続することをすすめた。原告もこれに応じて定期預金は継続し貸付手形は書替え更に手持金九万円を交付してこれを加え、先づ一口八万円のもの八名、七万円の者一名とに便宜税務対策上小分けしその計七一万円分の預金を右書替手形七〇万円の担保に差入れる旨の担保差入書に捺印し、別に藤田信子名義で前記定期利息及び利ざや合計金五九、三一〇円口一枚、藤田のぶ名義で手持金の内八万円分を一枚として新たに定期預金をなした。

(5) 原告はもともとかかる運用預り的な委任では借主は西田より明らかにされなくても良いものと考えていたが前項定期預金契約更新継続の際、小林らより偶々定期預金を使つているのは奥中である旨ひそかに教えられこれに対し、定期預金の運用の方法は一切任かせているが奥中は近隣の者だし、万一返済がむつかしい時は心安いので困るからとの理由で運用先をかえてくれるよう申出た。これに対し小林らは、運用先は今後も内密だが他にかえることを考える旨答えた。その後更に同三二年一二月二三日頃、原告は西田よりカードを示され奥中からはこうして少しづつ貯金してもらい二〇万円かえつているから今少し待つてもらいたい旨告げられて、これに対し銀行の方へ利用方法を一任してあるから異議はいえないがちよつと工合が悪いとのべ、その際ついでに奥中から銀行宛に本件預金を使用するにつき担保として父光吉と連名で土地を提出する旨の文書(甲第一号証)をみせられたが、こんな茶畑はいらない旨申しのべたことがあつた。

(6) 他方奥中は前記最初の預金後間もない昭和三一年一〇月八日被告銀行都介野支店に西田を訪ね、当初の依頼どおり原告の本件定期預金の借用方を頼んだところ、西田は原告とは話がついているが、それでは不安だから奥中口座へ振替えるにつき担保提供する旨及び振替につき同人と原告間に了解済である旨及び被告銀行に何等の迷惑をかけない旨の右担保物所有者であつた父との連名の念書を提供することを書式を指示して求めたので奥中はこれに応じ早急に提出することを約して同日一応振替を受けたが現金引出は右提出後とすることとなり甲第一号証を翌九日付で提出して現金の交付を受けた。その際福岡行員は序に奥中に対し自ら先日受取つて来た第一回の原告振出の前記手形貸付にかかる約束手形を示しこのように原告名義の手形貸付手続は完了している旨告げた。尚奥中としては右振替により金七〇万円を借受けるにつき貸主は被告銀行ではなく原告であつて、借主が自分であるから右担保も原告のために提供するものと考えていた。

(7) その後奥中は西田外被告行員らに指図されるままにその代行として二ケ月毎に手形の書替のため被告行員よりあづかつた金額その他記載あり印紙貼布された被告銀行備付の手形用紙を原告方へ持参して、その署名捺印を受けたことが数回あり、奥中としては第一回目の書替の際に原告より前項記載被告行員との間に原告のためになされたことなど問われれば詳しく話して了解をうるつもりで銀行員の代行として訪問したが別に問われなかつたためあえて自ら言い出すことなく放置した。

(8) 奥中は手形書替の際には当初の西田に対する暗黙の約束どおり印紙代及び前払利息は自ら出捐し、原告に対し右西田を通じて支払う利息用として最初に一度だけ小切手で金四万円位を原告名義預金口座に振込んだのみであつて、原告と個別的に利息その他の支払い、催促等の交渉は終始全く持たなかつた。

そして昭和三二年の前記定期預金継続後よりは本件借り受けた金を返済することがむづかしくなり他方当初より原告を貸金の貸主として自覚していたため原告と対面しづらくなり手形書替の代行をしぶるようになり、その後三三年二月頃には西田や原告らに無断で九洲方面へ出奔してしまつた。しかし、右手形貸付の書替利息は三三年三月一一日までの分は奥中の出捐により就中昭和三二年一二月末の書替の如きは原告が前記支店へ来訪してなしたが利息は別に奥中よりもらつてくれとの要求があり、被告行員において後日別に奥中より支払を受けた。

(9) 原告は奥中出奔後の昭和三三年三月及び同五月二八日の書替は不承々々被告行員の勧告により書替利息を出捐して応じたが、右五月二八日付書替の手形期日である同年六月二六日到来前の同月二五日付で原告より西田を相手方として奥中出奔により回収不能となつた本件貸金金七〇万円のせめて元本だけでも個人としての信用上、責任上弁償せよとの調停申立がなされた。そこで西田は原告の右態度に照らし被告前記支店支店長代理として本件定期預金債権の同年八月二二日付解約及び右満期により期限の到来した手形貸付債権(金銭消費貸借上の債権で手形債権でない)元金及び遅延損害金との相殺を禀議の上被告主張内容の期限の利益放棄及び相殺の通知をなしたものである。

(10) 原告は本件とは別に昭和三二年一一月四日各金一〇万円の藤田長蔵及び同長家名義の定期預金を遠縁に当る訴外辻雅清の手形貸付金債務の担保として提供し、又右手形には連帯債務者として共同振出人となつたことがあつたが同三三年二月八日頃右訴外人より弁済済ときき、右担保物の返還方を兼ね、本件手形貸付による金銭消費貸借を自らの「借り入れ」と称して取止めたい旨を申出でる葉書を被告前記支店宛に出し、その返答が遅延したため更に同月二一日付文書で同旨の申出をなしている。

以上のとおり認められ<証拠略>る。

(四) 前項認定の(1)乃至(10)事実を綜合して合理的意思を推測すれば原告は昭和三一年九月二七日夜の被告支店長代理西田との話合において、その勧誘を受け、奥中支払いの金七〇万円を可及的に有利に運用することを企て、一旦定期預金となし、これを担保に安い日歩一銭九厘で借り受け、これを他の者に信用貸として日歩二銭六厘乃至三銭で貸付け利ざやを稼ぐこととし、右同すすめでこの方法として借主選別になれ、職責上まかしても信用しうる右同人に右預金の右方法による運用をまかすこととし、そのために、右預金担保による借入手続及び、借入金の貸付先の選別、貸付方法、手続、利息収受、回収等を一切委ね、自らは交渉の表面に立つたり介入せず、運用利益と反面の危険を負担することとし、そのための一切の権限を包括的に西田に付与する旨の合意をかわしたものと推認しえ、一方西田もこうすれば定期預金及び貸付両業務面で被告銀行業務が上る関係上、行員個人として右方法をすすめ、その委託を受けたものと推認することができる。従つて、更に右当事者間の合理的意思を推測すれば、右貸付手続として、自己預金の口座への振替等どんな方法によるかについても、これは単に原告が一旦手形貸付金を受領してこれを西田に托して他へ貸付けせしめる手続を簡略化する意味しか持たないのであるから、貸付手続と相手の選択を委ねた限りこの点についても当然に包括して委ね、そのために振替指図の権限をも与えたものと推認するに難くない。

<証拠判断省略>

次に鑑定結果によれば乙第三九号証原告名下の印影が何者かにより偽造されたことを疑しわめるが、仮にそうだとするも前記振替指図の授権確認をさまたげるに足りない。

蓋し、振替指図につき特別方式を要する特約の主張立証もない本件では何らかの形で右指図があれば要物性が満たされ、十分で、西田の証言の如く、振替依頼書は単に被告内部の振替事務整備の便宜上後日のため要求されるに過ぎず消費貸借契約の効力を左右する重要性はない。のみならず、本件預金以後右乙第三九号証の受付日付後の昭和三一年末頃までは少くとも原被告奥中間に全く紛争はなく、手形書替も原告と被告使者奥中との間で円滑になされていたことは前認定のところであるから、原告が西田に一旦預けた預金担保の借金運用をまかせ乍らその運用手続内の極く些細な振替指図のみを除外して委ねなかつたとは到底考えられない附随事情があり、他方前(三)記載被告援用証拠によれば本件貸金は天理支店経由でなされ手続書類を同支店へ送付する必要があつたことが推認されるところよりすれば、仮に偽造されたとしても、専ら被告銀行の振替事務整理の要請から、原告を除く本件関係者によりなされたものと推測される。以上本号証の重要度と右附随事情と対比すれば尚右偽造事実を以つてしても前記運用委託及びこれよりの振替指図授権の推測を覆しないからである。

尚振替は要物性充足にすぎず新利益変動を生じないから西田の原告のための振替指図の意思表示と被告のためその受領は、同人につき双方代理による無効問題も生じない。

(五) そして本件手形貸付による原告と被告銀行代理人西田との約定は金額七〇万、利息日歩一銭九厘、弁済期は特別に定めないが最初は六〇日後その後は同日以内満期の約束手形を書替えることにより延長可ということであつたことは<証拠>により明白であるから、前(三)(四)項判示のところよりして原告は昭和三一年九月二七日夜の合意と一〇月八日西田が原告の定期預金を奥中の被告都介野支店口座へ振替えたことにより前記約定の所謂手形貸付なる金銭消費貸借契約が成立し同契約上の返還債務を負うたものというべきである。

尚たとえ当初は相手方を知らなくとも西田を代理人又は仲介人として原告奥中間に金七〇万円、日歩二銭六厘等の約定の貸金契約が別に併存して成立しているものと推認しうべきところであるがこれは本件とは一応別問題であり、又西田の前記包括委任を受ける行為及びこれに附随してなす右原告奥中間の貸金契約の締結又は斡旋等の行為が仮に出資の受入、預り金利等の取締等に関する法律(昭和二九年法律第一九五号)第三条にふれるとしても右法条は取締法規故に被告原告間の本件手形貸付契約の効力に影響はない。

三、そして原告が昭和三三年六月二六日満期の手形を書替えず従つて同日本件七〇万円の債務が弁済期に到達し、被告銀行において同年八月二二日付を以つて少くとも本件定期預金債権を含む定期預金債権につき期限の利益放棄の通知をなし、同日付で被告主張内容の相殺の意思表示をなしこれがその頃原告に到達したことは<証拠>により明らかであり、原告の本件定期預金に対する昭和三二年九月二六日以前の利息及び被告の本件手形貸付債権の同三三年六月二六日までの利息は各支払済であること並びに右、相殺残債権については原告の普通預金口座へ振込み返済済であることは当事者間に争がないから、右相殺適状に立至つた同月二二日を以つて、原告本件定期預金元本金七〇万円及びこれに対する昭和三二年九月二七日以降昭和三三年八月二二日までの年六分の割合による定期預金利息と金七〇万円の手形貸付金元金及びこれに対する同三三年六月二七日以降同八月二二日まで日歩一銭九厘による遅延損害金は対等額において消滅し残余の預金元金は右返済済であるから、結局原告の右定期預金債権はすべて消滅済であるというべきである。被告の抗弁はこの点につき理由がある。<以下略>(杉本昭一)

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